天理教の本部神殿を見学。そこにあるのは3157畳の大空間と祈りの場

世界に100万人超の信者を抱える天理教の教会本部。威容を誇る神殿はその巨大さに対して気軽な見学が可能です。新興宗教はちょっと…と敬遠してしまうのはあまりにもったいない!そこには驚きの大空間が広がっています。

天理教の記事第2弾です。天理のまちの異世界的景観を形成する「おやさとやかた」については前回記事を御覧ください。

超弩級!天理教の「おやさとやかた」は全長3.5kmの大建築構想だ
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今回は本部神殿の見学記。最初に断っておきますが私は天理教信者でも関係者でもなく、その教えに強く共鳴するわけでもありません。建築ファンとして応援はしています。天理教の用語と理解が間違っていたらゴメンナサイ。

通常、街の中心となるのは駅だったり市役所だったりしますが、ここ天理市においては天理教の教会本部がその役割を担います。

もともとこの辺りには30軒程度の農家があるだけでした。そのうちの一軒を住まいとしたのが教祖である中山みきです。病気平癒など不思議な力をもった彼女のもとには次第に多くの信者が集うようになりました。そしてある時、その庭の一点を世界の中心である“ぢば”と定めたのです。いまの巨大な神殿はその“ぢば”を囲って立てられています。

GoogleMapで配置を確認。小さな家から始まった祈りの場はどんどんと増築される形で規模を拡大。大正3年に北礼拝場と祖霊殿(当時は教祖殿)、昭和初期に教祖殿、南礼拝場と東西の回廊が竣工。昭和後期に西礼拝場と東礼拝場が完成し、おおよそ現在の姿になりました。なお、神殿とは真座(ぢば)と4つの礼拝場を指し、祖霊殿と教祖殿は別個で数えるようです。

さて、肝心の見学についてです。見学は24時間、365日いつでも可能(夜間は南礼拝場のみ)。もちろん入場無料で記帳の必要もありません。「信者でもない自分が入ってホントに大丈夫?」というのが一番の気がかりだと思いますが、その点も心配ないです。

天理教的には、人間はすべて親神様の子ども。“ぢば”は人類発祥の地という考え。だから「いつでも誰でもウェルカム」(←案内を頼んだ人が実際仰っていた)であり「ようこそおかえり」なのです。

何度も見学に行っていますが、部外者を理由に声をかけられたりといった事は一度もありません。「インターネットで見たという人がよく来ますよー」だそうです。※観光地ではないので騒いだり好奇心むきだしはもちろんダメですよ。

足を踏み入れてまず圧倒されるのが4つの礼拝場がつくる大空間。その広さ3157畳!はじめて天理教本部神殿を訪れたのは10年以上前ですが、人生でこれほど広大な畳の間に身を置いたことはなかったですし、それは今も更新されていません。

ちなみに巨大木造建築で知られる東本願寺御影堂は畳換算で927枚分の広さだそう。単純比較はできませんが、大きさの目安にはなるでしょう。

デカイのは空間だけではありません。柱もふすまも障子も灯りも全てがデカイ。中に入ると自分の体が三分の二くらいに縮んだかのような錯覚に襲われます。

残念なのは画像でお伝えできないこと。神殿、回廊、祖霊殿、教祖殿などの内部と中庭での撮影は全てNGなのです。ただ、あの空間は実際に体感してこそだと思います。

ちなみに4つの礼拝場は全てが正面という考え方。どこから入っても大丈夫ですが、木造で築年数の古い北・南礼拝場はやっぱり威厳が違います。こんな立派な檜材よく集めたな、信仰ってスゴイなとなります。東・西礼拝場は構造としては鉄骨鉄筋コンクリートですが内装は木材で仕上げているので違和感はありません←この規模の木造建物は現在では許可が下りないとか。

ここでちょっと外観の話を。屋根の突端に載る鬼瓦は千木・堅魚木がつくとても神社的な造形。民衆信仰から発展した天理教ですが国からの激しい弾圧を回避するため、国家神道に同調せざるをえなかった苦い歴史がありました。

現在の天理教は政治との関係を絶ち、自主性と協調性を重んじ、お布施を強要せず、収入支出も公開。新興宗教が持たれがちな負のイメージはかなり薄いです。

オススメの見学時間は昼間から夕方にかけての閑散とした頃。朝と日暮れ時は信者の方が多いので控えたほうがいいかもしれません。

天理教の“おつとめ”は手の動きと特徴ある歌がつきます。「悪しきを祓うて、助けたまえ天理王命(てんりおうのみこと)」を繰り返し唱えますが事前に知らないとまず聞き取れません。手の動きは心のほこりを払う動作だとか。

連れられてきた小さな子どもが見よう見まねで歌っているのはメチャかわいいですよ。

4つの礼拝場の中心には一段下がって白砂利が敷かれる地面があります。そこが“ぢば”。六角形のシンボル“かんろだい”が置いてあります(立入不可)

“ぢば”がぼんやりと明るいのは上が一間四方の天窓のようになっているから。画像真ん中の黒い点がそれです。雨の日にはしっとりと濡れ、雪の日には白くなるとか。想像するだけですっっっごく幻想的です。

そして、中庭を囲む2階建ての東西の回廊。1周800mあります。

1階が中庭への出入り口となっている部分は、回廊内では傾斜になっています。信者さんたちが雑巾で掃除してまわっているので、廊下はいつもツルツル。緩い傾斜にも関わらず滑りこけそうになります。建築的な素晴らしさに加えてそんなスリルも味わえるので退屈しません。ハートの形をした猪目模様も目を楽しませてくれます。

ここで豆知識。東回廊は船大工、西回廊は宮大工が棟梁です。梁を支える部材に、前者は釘を使っているので釘隠しがありますが、後者はそれが見当たりません。宮大工らしく継ぎ手で接合しているのです。現地で見比べてみましょう。

回廊を進むと教祖殿があります。神殿と中庭をはさんで正対する緑の屋根の建物です。1887年に中山みきは亡くなりますが、天理教的にいうと身を隠しているだけ。いまだ世界のために働いているとしています。なので住まいである教祖殿では専属のお付きが3度の食事、お風呂、寝床の用意など日々の身の回りのお世話をしています。それこそ130年間ずっと…。

次にある祖霊殿は名前のとおり先祖の霊を祀ります。そして再び回廊に入って一回りが完了。歩くだけなら10分ちょっとです。

ちなみに隣接の総合案内所では神殿案内を受け付けていて、天理教の教えを交えながら40分くらい一緒に回ってくださいます。また、荷物の預け入れも可能。両サービスとも無料です。

神殿で執り行われる主な祭典の日を記しておきます。あの大空間に収まりきらないほどの信者の方で賑わいます。「さすがに祭典の日に部外者はお邪魔では?」と聞くと「全然OK!」との答えでした。

1月1日 元旦祭

1月26日 春季大祭

4月18日 教祖誕生祭

10月26日 秋季大祭

毎月26日(1月と10月を除く)月次祭

見学して結構驚きだったのは信者の方の服装がかなり自由なこと。ほとんどが普通のカッコで短パンや金髪も珍しくありません。ここは特別な場であると同時に日常の場。宗教が生活に根付いている日本で数少ない場なのだと感じました。

やっぱり天理はスゴイです。