解体を前にした御堂筋ダイビルはぞっとするほど美しい

現代建築

ステンレスを纏った工業製品のような御堂筋ダイビル。その解体が近づいています。

御堂筋ダイビルは昭和39年(1964)、東洋工業大阪支社ビルとして完成。東洋工業は今のマツダ。1、2階が車のショールームでしたが、未来的なイメージを現したビル自体、大きな広告塔だったといえるでしょう。

設計施工は竹中工務店。無骨一辺倒ではなく、窓枠の丸みで印象を柔らかくしているのがポイント。

屋上から突き出た塔屋もかなりの存在感です。屋上看板「御堂筋ダイビル」は当初は「MAZDA」でした。

昭和50年(1975)、大阪建物(現ダイビル)が取得してテナントビルに改修、名前を「御堂筋大阪ビルヂング」に改めます。「大阪ビルヂング」は同社の創業時の商号で、建物名称にもそれを付けるのが通例でした。

大阪ならまだしも、東京のビルにもそのルールを適用するので日比谷に大阪ビルヂングがあるといった少々ややこしい事になっていました。

八重洲ダイビルも当初は大阪ビルヂング(八重洲口)。村野藤吾の設計で、こちらも建て替えが決定済み。

2009年の写真を見返すと泉州銀行の看板がありました。翌年に池田銀行と合併し、近くのビルに大阪支店を移しています。

新旧の対比。難波神社の社殿は昭和49年の再建なので、御堂筋ダイビルが実は“旧”

解体が間近になって一層魅力を増しているのが夜。

街灯りがステンレスに歪んで映ります。テナントが退出し、窓が暗く沈む今だからこその光景。

まるで年輪のよう。

御堂筋側は明るく、難波神社側は暗い

信号が変わるたび青くなったり赤くなったり。

ビルが閉鎖されても街のおかげで夜はカラフル。

元マツダのビルだと考えると、御堂筋を行き交う車を見守っている風に見えてきます。解体まであと少し。目に焼き付けたい鈍色です。

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