消滅危機遊廓、大和郡山市の洞泉寺と東岡

近代建築・古建築
近代建築・古建築

金魚で知られる大和郡山市は奈良三大遊廓のうちの2つを有する街でもありました。残念ながら、そのどちらもが重大な危機に瀕しています。

まずは郡山町洞泉寺遊廓跡。かつては17軒の妓楼が立ち並んでいましたが、昭和33(1958)年の売春防止法によって一斉に廃業。現在、7軒がその面影を残しています。

エリアのシンボル、町家物語館(旧川本楼)は間取りや意匠が当時そのままに残っていて非常に見応えがあります。大和郡山市が購入・修理して、2018年から無料公開を開始。地域の歴史を受け継いでいこうとする意思が感じられる“明るい遊廓”といえます。

2020年2月、この洞泉寺町をゆるがす大ニュースが流れました。

消える遊郭の町家風情 奈良・大和郡山 老朽化進み3月以降4棟取り壊し(毎日新聞)

奈良県大和郡山市洞泉寺町に残る木造の旧遊郭建築4棟が3月以降、取り壊されることになった。

(中略)

取り壊される4棟はいずれも浄慶寺の土地に建っており、寺の記録によると、いずれも1901(明治34)年に建てられた。2階建て、3階建て各2棟で登記上の面積は延べ計約1100平方メートル。廃業後は住宅として長く使われていたが、現在はいずれも空き家。屋根に穴が開くなど損傷や老朽化が進んでいた。寺の関係者によると、所有者から建物の返還手続きが完了しており、解体後、土地は墓地の拡張や駐車場に使う予定という。

7軒中4軒が取り壊し…

寺の記録によると4軒ともが1901(明治34)年築。登録有形文化財になっている町家物語館より20年以上古い建物が、一気に姿を消すことになります。しかも、それらは隣り同士。景観が一変してしまうのは避けられません。

傷みのある建物もありますが、比較的美しく保たれている様子だったので、なおさら惜しい。

町家物語館(写真左)のパンフレットには「当時では珍しい木造三階建て」との記述があります。取り壊される4軒中2軒は「さらに珍しい明治時代の木造三階建て」です。

幸いなのは、残り2軒は現役だということ。ひとつは町家エステサロン(←健全)、もうひとつは個人宅としてキレイに保たれています。

一方の郡山東岡遊廓跡は消滅へまっしぐら。かつて21軒あった元妓楼は年々減少。最近では2018年末に2軒が姿を消し、2020年2月からさらに1軒の取り壊しが始まりました。その他も解体が決まっているとの噂。

歩いて10分ほどの洞泉寺遊廓とは真逆で、こちらは陰鬱な空気がエリアを支配しています。

左から2軒目が解体中。その奥の2軒は解体済み

以前、大和郡山市在住の年配女性から「(東)岡町の遊廓跡は知っていたけど、洞泉寺町は全く知らなかった」と伺ったことがあります。これにはある事情が関係しています。

昭和33(1958)年に一斉廃業した洞泉寺遊廓に対して、東岡遊廓は郡山新地に名を変え、秘かに営業を続けていたのです。平成元(1989)年、100人ほどのフィリピン人女性を違法に働かせていたとして複数の逮捕者が出る事件に発展。東岡遊廓はそこで歴史を閉じました。

先ほどの女性はその賑わいの記憶があるのでしょう。「東南アジア風の女性達がジャスコでよく買い物を」なんて生々しい話も聞きました。

遊廓マニアにはメジャー物件であろう3階建て妓楼があるのも東岡遊廓。実はココが例の事件の爆心地だったりします。

今は廃墟同然。窓を覆う鉄板が不気味。

廃材が撤去された後、広場はフェンスで囲まれました。

60年前に普通の街に戻った洞泉寺町、30年前まで夜の街だった東岡町。東岡町界隈にまだ何かしら艶めかしさが漂っているのもその30年の差でしょう。

保存とか利活用の声が聞かれないのも、強烈な負の記憶を消し去りたいからかもしれません。

そんな中、洒落た玄関をもつ元妓楼が「貸家」に出されています。気に入った方は是非

洞泉寺町も東岡町も、全く違う町並みになるのは確定的。ただ、解体途中だからこそ、普段見られなかったものが露わになる瞬間があるはず。最後の輝きを追うのもよいかと思います。