令和の新発見 紀伊風土記の丘の収蔵庫は浦辺鎮太郎建築だった

資料館をあとにして、浦辺鎮太郎の設計と判明したばかりの和歌山県埋蔵文化財収蔵庫に向かいます。現地の地図にもGoogleマップにも載ってないので学芸員さんに道順を教えてもらいました。

「資料館東側にある保存民家の脇を進んでください」

「不安が募ると思いますが、迷わず進んでください」

「そうすると、収蔵庫が見えてきます」

和歌山県埋蔵文化財収蔵庫!鉄筋コンクリート造であることを除けば、古い蔵のような佇まいです。

松下記念資料館の4年後となる1974年の竣工で、岩橋先塚古墳群および周辺遺跡から出土した遺物を収蔵する目的で建てられました。

地図ではココ。紀伊風土記の丘の外れにあって資料館からは池を反時計回りに5分ほど。勘頼みでは到底見つけられない場所でした ※場所を知っていれば逆側からのアプローチがしやすいです

屋根は瓦葺きの置き屋根です。土蔵などに使われてきた伝統工法で、構造的に建物と繋がっていないまさに置いてあるだけの屋根のこと。浦辺鎮太郎は倉敷考古館増築(1957年)においても同様の手法を用いています。

資料館と同じく高床式で、湿気から文化財を守ります。

入り口は赤い鉄扉がガッチリ。いまも現役なのでしょうか?

どのような経緯で“発見”に至ったか聞きそびれましたが、松下記念資料館×浦辺鎮太郎をテーマにした今回の展示会にあわせて浦辺設計と連絡をとるうち、図面の存在が明らかになったのかもしれません。

浦辺鎮太郎と松下記念資料館にまつわる色々

双方驚いたでしょうね。紀伊風土記の丘の関係者にとっては「あの収蔵庫が?!」浦辺設計の関係者にとっては「まだ残ってたの?!」みたいな。

竣工からおよそ50年。新たに浦辺鎮太郎作品として歩み始めた和歌山県埋蔵文化財収蔵庫。シンプルな建築ながらロマンが詰まっています。