見学レポ 三菱重工の大江時計台航空史料室で学ぶ「風立ちぬ」の時代

ジブリ映画「風立ちぬ」の主人公、堀越二郎によるゼロ戦設計の舞台となった“名航時計台”

航空機産業の聖地ともいえるその場所に2020年1月31日、「大江時計台航空史料室」が開設されました。

名古屋の臨海部、三菱重工大江工場内に時計台は立っています。昭和12年築の4階建てで、かつて3階に「機体設計室」がありました。戦後もオフィスとして使われ続け、2014年までは三菱航空機本社、そしてMRJ(現 三菱スペースジェット)の設計拠点でした。※外観写真は一部2015年撮影

大江工場は現在も航空産業の拠点として、ボーイング787の主翼が生産されています。今でこそ風景に埋もれる時計台も、竣工当時は非常に目立っていたことでしょう。「横綱に挑むようなものだな」日米開戦の報を聞いた堀越二郎がビル屋上でそう呟いた…なんてエピソードもあります。

重厚な扉を開けると「第1号航空機発進の地」の碑が迎えてくれます。海軍初の国産制式戦闘機である一〇式艦上戦闘機もここ大江から飛び立ちました。

玄関ロビーの様子。両脇に写真が飾られています。

一〇式艦上戦闘機

大江時計台は現在、過去でほとんど変わっていないように見えます。戦後、老朽化のため建物取り壊しの話もあったといいますが危機を乗り越え、新たな時を刻み始めました。

なお、撮影は玄関ロビーまで。史料室内は完全NGで、スマホも持ち込み禁止の徹底ぶり。階段脇のロッカーに預けなければいけません。2時間の見学時間内は自由に見て回ることが可能で、受付で渡される首掛け式のタブレット端末が、展示説明を補足してくれます。

順路は2階→1階。2階は「事業と組織の変遷」「設計技術」「生産技術」を主テーマに一次史料・所蔵品等を展示。前身である小牧南工場時代の史料室ではYS-11に関する展示などもあったようですが、ココでは大正から終戦頃までに特化しています。

特に興味深かったのは欧米視察記録や外国人技術者を招いての講義録。工業後進国だった日本がいかに世界に伍する航空機技術を獲得するに至ったかその記録を追うことができます。映画「風立ちぬ」での堀越二郎、本庄季郎のドイツ・ユンカース社への視察が思い出されますね。

ビジュアル的に楽しめるのは④。一〇式艦上戦闘機から秋水まで36機、1/32スケールで統一された航空機模型がズラリと並びます。タッチパネルを操作すると模型が光り、設計図と写真、諸元(最高速、航続力、火器など15項目)が表示される仕掛けでした。

1階展示室は壁も床もダークな美術館のような空間。零式艦上戦闘機、秋水の2つの復元機が、スポットライトを浴びて照らし出されます。迫力は生で感じてもらうよりありません。

複葉機からスタートして20年ちょっと、秋水は近未来の機体かと錯覚するほど滑らかなフォルムでした。吹き抜けになってるので2階から機体を見下ろすこともできます。(もともとはMRJのモックアップが置いてあったスペースなのかも?)

ほかに発動機の金星1型、火星22型、そして戦闘機2機を復元する際、再利用できなかった部材もおいてありました。ヤップ島に放置されていた頃の写真がありましたが、ボロッボロの機体をよくここまで復元したものだと感心します。

建築好きは忘れずトイレに行きましょう。少し古びた廊下を歩けます。ただ、当時の情勢もあってか建物内の装飾はかなり控えめでした。

大江工場は空襲で壊滅状態だったのに時計台だけ残っているのが不思議でした。上記のような裏事情だったら面白いですね

帰宅後、戦闘機と工場に注目しながら「風立ちぬ」を鑑賞。クライマックスに飛んだのは零式でなく九六式の試作機だったんですね。その頃、時計台はまだ未完成。出番がないはずです。

「俺たちは20年先の亀を追いかけるアキレスだ」

「僕は美しい飛行機を作りたいと思っています」

史料館を経たからこそ、セリフひとつひとつが味わい深く聞こえました。

大江時計台航空史料室

開室日時開室日:毎週月曜日、水曜日、金曜日
9時~17時(最終入室:16時30分)
休室日:毎週火曜日、木曜日の他、名古屋航空宇宙システム製作所の休業日
見学枠9時~11時
11時~13時
13時~15時
15時~17時

※各見学枠30名を限度

申し込み完全事前予約制(1か月前から3日前まで予約可)  

専門的な展示のため、見学は高校生以上を対象

見学料無料
アクセス駐車場無し。市バス、タクシー推奨。実質最寄りの名鉄大江駅からは徒歩30分程度。
公式HPhttps://www.mhi.com/jp/expertise/museum/nagoya/
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