大阪臨港線の廃線菜園が消えた。レールも撤去の危機

2000年代まで運行していた大阪臨港線。弁天町の南側にはその廃線跡がレール付きで残っています。とても貴重なスポットですがどうも一部が撤去されるみたい。

いきなり遡りますが2012年の画像です。偶然通りかかって驚愕したのを覚えています。なんてフリーダム!毎日がスタンド・バイ・ミー!ここが大阪市内とは信じられない光景でした。

そして2018年2月。当時のままだったら嬉しいなぁくらいの気持ちで再訪。レールが残っていてホッとしたのもつかの間、なんだか様子がおかしい。

地元の方が営まれていた菜園が荒れています。

あの豊かな空間はどこへ??

そして見つけたのがこの貼り紙。菜園等の撤去を求める通告で、2月23日に敷地を閉鎖、26日から整備工事を始めるとの内容でした。6年ぶりの再訪でこの仕打ち。タイミングがいいのだか悪いのだか。

ここで大阪臨港線をご紹介。別称は浪速貨物線。JR大阪環状線大正駅と弁天町駅の間にあった境川信号場から分岐して、海側へと向かう路線でした。尻無川と平行するように南下し、三十軒堀川を超えた場所にあった浪速駅で更に分岐。一方は大阪港駅へ。もう一方は大阪東港駅を経て安治川第2号岸壁まで達していました。

時代の流れのなかで、徐々に廃線への道を辿りますが、今回紹介の場所は、大阪臨港線が2004年まで営業を続けていた最後の区間の一部となります。

周辺は下町情緒が濃い町。写真を撮影していたら地元の方が何人も話しかけてきてくれます。撤去は残念、悲しいといった声は聞かれましたが、JR貨物側からの最終通告は突然だったらしく誰も工事内容の詳細を知りませんでした。

耕作物の撤去を求める告知板は平成16年の日付になっています。大阪臨港線の営業終了の頃から菜園があったのかもしれません。

弁天町のレール付き廃線跡は道路を挟んで主に2つの区間、約250m残りますが、とりあえずそのうちの東側の一部、もしくは全てが撤去される可能性があるとのこと。

道路西側は今回の工事対象には含まれませんが「いずれは…」と仰られていました。

廃線跡が整備されてどうなるかといえば例えば駐車場。敷地が細長いので有効活用はあまり見込めないんですけどね。

ここは昔は踏切だったそう。道路奥には弁天町駅前の200mビルが見えます。

この都市の余白のような空間がとても好きでした。黙認が許されづらい世の中。仕方がないと済ませてしまうには、あまりに寂しい話です。

以上、ちょっと半端な報告になってしまいましたがとりあえずのお知らせ。1ヶ月後、現場はどんな風に変わっているでしょうか。工事は2月26日開始です。

人間は立ち入りが禁止されたので猫がかわりにスタンド・バイ・ミー